うつ病と向き合うこと

うつ病や生活と向き合う日常や考えについて書いていきます。

6.親友と私の居場所

      2015/09/02

一人暮らしをして3年目。
私は性格上両親には金銭面はもちろん
ほとんどを頼らずに生きてきた。

私が病気になる前に出会った帰り道にあるBar。
そこが唯一の居場所だった。
バーテンダーは5人。シェフ含め6人のお店だ。

4月に通い始めてあっという間に常連さんの
仲間入りになった。

私が何曜日行くのかも、
私がオーダーするドリンクも。(常にオリジナルカクテルだが)
私の病気も。

一番私が笑っていられる場所がそこにはあった。
入店し、カウンター席に座ると必ず
「体調どう?」と聞いてくれるバーテンダーもいる。
だから今でも通っているし、
すごく感謝している。

対照的というか、もう一つ私の存在を理解してくれるのが、
高校時代からの親友だ。

彼女は看護師をしていて、割と近くに住んでいる。
お互いの家族は知っているし、もう8年の付き合いになる。

4月や5月には週1回のペースで遊んでいた。
朝まで飲んでいたりと。

私が診察を受けた後にはその流れで食事の約束をするときに
改めて「話したいことがある」とラインをした。

そしてもう、「うつ病」と診断されていたあとだったので
本当に食べれずに彼女に事細かに打ち明けた。

いつ、症状を感じたのか。
いつ、病院へ行ったのか。
なにが食べれるのか。

彼女は「こんなに一緒にいたのになんで気づいてあげられなかったんだろう」
そう言葉を発した。

私にはそれで十分だった。
今まで一緒に飲んだり朝まで騒いだりそれだけで
彼女の存在は大きかった。

それ以来彼女は仕事終わりに一緒にご飯に行ったり、
職場の飲み会のあとに来てくれてそばにいてくれたり。
多い時には週3回は時間を作ってくれた。
正直両親よりも信頼できたし、すべてを話すこともできた。

「ウン、ウン。」とあった出来事を聞いてくれていた。

一度だけ、いきつけのBarで発作が出たことがある。
そのときは常連さんが私の病気に気づいてくれて
親友が来るまで助けてもらった。
元々親友は来るという約束だったので来てくれて少し落ち着き、
人のいない場所を借りて二人で一緒にいた。
そのときにもありのままを話して私は初めて彼女の前で
泣き崩れた。

割とつよがりな私は涙ぐむことはあっても
泣き崩れるほどのことはない。
すると、彼女は私と同じように泣いてくれた。

こんなにも人のために泣ける人間が傍にいてくれて私は幸せだと思った。

そして不思議と彼女と一緒にいるときには発作はでなかった。

 - そーちゃんさんの記事