うつ病と向き合うこと

うつ病や生活と向き合う日常や考えについて書いていきます。

12.家族とは

      2016/05/30

きっかけは仕事でのストレスや過労であったにしろ、
私が今でもこうして発作がでたり、リストカットをしてしまうのは
育った環境が原因だと思った。

私の家族は比較的に仲が良い方だと思う。

でも、私がまず病院へ行くということになったときには
父は反対したらしい。
娘が「うつ病」ということを突き付けられなかったんだと思う。

母は基本的にはほとんど放置だった。
時々くるが2週間に1回のペース。
でも私も不満ではなかった。

親友たちの方が理解してくれていると思ったし、
彼女らといる方が私も楽だったからだ。

そして実家に帰った時に発作を初めて目にした母は
マメに連絡をくれるようになった。

でも私は母とはうまくいかない。
うまく距離がとれないのだ。

ある時、こんなことが起きた、
私が精神病というのを地元の同級生の家族に漏らしたのだ。
精神病として恥じていることはない。
だってなってしまったことにはしょうがない。

でも私が許せなかったのは、母が私の性格や
プライドの高さについて理解していなかったからだ。

一度母とは1か月くらい連絡をしなかった。
会うこともないし、ラインもしない。

その代りといっては父が週1回程度の回数で
食事に誘ってくれたりした。
私は父に似て論理的な思考であり、話もしやすい。
何より”会話ができる”からだ。

だけど父は無意識だと思うが私にプレッシャーを与えていた。
「休職期間よりも早めに復帰するといいね」
「お前の病気は色んなところにでる練習しないと」

わかっていた。自分でもっと動かなければいけないのも。
でも、人込みですら心拍数が上がってしまうのに電車なんて
もってのほかだと思った。

私は4回目の受診で休職をのばす診断書をもらった。
それを家に手紙を添えて送った。

「もう、私のペースでやらせてください」と言葉を添えて。

それからしばらくは連絡がこなくなった。

私が救急搬送されるまでは。

あまりにも発作が続いて私は自ら119番をした。
そして慌てて両親が来た。
3日間だけ実家に帰ったが私の好きなものや食べれそうなものを
父が作ってくれた。
母も気をつかってか買い物に付き合ってくれたりした。

でも、私はもうあきらめたんだ。
母が私が病気になったことを
「パパとママのせいにして」
という言葉をいっていたからだ。
母のことだから何も悪気はないだろう。

だからこそ、私の中では関わるべきではないと悟った。

家族というのは一番長く見てくれた存在であるが私には
負のサイクルでしかない。
だって気づかないのだから。

 - そーちゃんさんの記事